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〜のぶん

ネットの海に垂れ流す、クソみてぇな駄文だよ。

生存報告

雑記

 

受験はとっくに終わったものの、何だかんだで忘れてたので今更ながら結果報告。

念願叶って第一志望の大学に進学が決定して、ただいま人生の幸福最高潮となっております。

そのうち、大学について話すかもしれませんが今のところスルーで。

 

早いもので、高校生活も明後日で終わりを迎えることになり、色々思い出してしまいます。

 

感傷に浸ってる今、聴きたい曲はこれ。H△G(ハグ)「星見る頃を過ぎても」 もし君の知らない物語に続きがあったら... - YouTube

H△Gはマジで卒業シーズンに聴くと、心を抉り返されるほど突き刺さる青春の音楽を作り出してるグループなので、リアルタイムで卒業を間近に控えてる自分にはクリティカルヒットしました。高校1・2年生の頃と、高校3年生の今では全く違う聴き方をしている自分がいます。

正直今泣きそう。

 

まあ、LA LA LAND 観てきたってのもあるんですけどね。

 

誰かに向けて書いてるわけではない自己満足ですが、これからも続きます。舞台は大学生へ。

 

次は受験で気づいたことを書こうと思っていたけれど、それより先にLA LA LANDの感想書きます。

 

では。

 

ちょっくら、お休み

雑記

 

 

どうも、久しぶりです。

タイトル通り、ちょっと休みます。

以前半年以上放置してた奴が、休止宣言てのもおかしな話ですし、そもそも誰が見てるかも分からないのに、こんなことを書くのはナンセンスかもしれませんね。まぁ、一月しないうちに復活しますよ。たぶんね。

 

単刀直入に言うと、大学入試ですわ。

余裕ぶっこいて、ドラマの感想とか書いてたら、あっという間に受験本番。別に浪人の心配は無さそうだから良いんだけど。

 

近々、結果が出たら戻って来ます。

「カルテット」、「嘘の戦争」とかみたいに感想書きたいドラマが残ってますし。ここで日々の鬱憤を晴らしたいんで、サクッと合格勝ち取って来ます。

世の中知ってるか知らないか その程度の差なんですわ

雑記

田舎高卒は自分が底辺ってことさえ知らない

 

この手の話では必ずと言っていいほど、論点のずれたアホ丸出しの批判が飛んでいるので、「世の中案外、学が無くても生きていけるんだなぁ」と思ってしまう。

 そもそも先のエントリーで筆者が主張していることに、「田舎底辺が幸福かどうか」なんて含まれてないじゃないか。筆者は都会側として、田舎底辺に対して憐れんでいるんじゃないか?それに、都会と田舎の格差というと、すぐに「貧困と結びつけるお馬鹿さんがわんさかいる。私はそういった人々に対してひとつ言いたい。

 

 

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違う、違う。そうじゃ、そうじゃない。

 

私はこういった底辺論争を見聞きする度に、必ずプラトンの「洞窟の比喩」を思い出す。説明すると長くなるのでざっくりいうと、「自分と周囲の他者が生まれ育った(もしくはたった今実感している)世界こそが 彼らの<世界>だ。」って事だ。(詳しくはここ読んでね「洞窟の比喩」って何?【プラトン哲学入門】 | 生きる意味.net)私なりの解釈なので異論は認めます。

 中卒高卒が当たり前の世界では、都会の大学に進学した者はエリートとして扱われる。しかしたとえエリートが啓蒙したところで、田舎底辺に響くことは無く、彼らが変わることもないのだ。むしろ啓蒙活動を行なったエリートが馬鹿にされる始末だ。田舎底辺は、洞窟にうつる影しか知らない。都会との格差を知る由もない。ならばどうすればこの絶望的な状況から抜け出せるのか?

答えは簡単、「差を、現実をしらしめてやる」のだ。田舎底辺のターニングポイント、中高生。彼らに現実を見せつける。ドラマ、映画、漫画、アニメ、何でもいい。目に見える形で都会への憧れをサブリミナル的に刷り込む。それこそ1番の方策だ。いわばショック療法のようなものだ。都会への憧れを抱かせ、上京して来た田舎の若者たちに現実をみせる。都会の進んだ学歴偏重社会。田舎出身で高卒、そんな彼らに与えられる都会での仕事は、ファミレスの接客、コンビニのレジetc。そこで彼らは社会の仕組みようやく気付く。いわば無知の知といったところか。

昨今、田舎の若者離れが社会問題化している。ただ私から言わして貰えば、自然淘汰の何が悪い。地方の魅力、地元愛。そういった田舎底辺が好むワードを、子供のうちから増醸してこなかったことに問題があるのではないか?

 

ただ都会に生きる人々に無関係な話をしたいわけでもない。先述したように、今や学歴社会も進み、大企業に勤めるには、日東駒専レベルが最低ラインとなった。そして平成不況。これのおかげで就職氷河期だなんて例えられるくらいに、企業に勤める事は難しい。都会人も勉強が出来れば万事OKという世ではなくなったのだ。

 

田舎底辺、都会の学歴重視の頭でっかち。これらを救わなければ日本に先はない。オリンピック景気が待ち構えているといえども、その恩恵を受けることができるのは、一部の富裕層だけに止まるであろう。

それを阻止するために、求められてくる事が「教養、知識」といった学歴とは離れた、また新たな評価基準だ。僕の中では、「頭が良い」「賢い」というのは、大きな違いがある。前者は、ただ「勉強が出来る」このことを指している。対して後者は「(勉強以外の事柄でも判断できる)抜きん出た頭の回転の早さ」を指している。プロのアスリートなんかはこれに当てはまる。「スポーツを通して得た知識、経験を生かして物事を成す。」知識をあることの具体的な例だ。ここには学校では学ぶことのないかけがえのないものが含まれている。

また、本を読み、インターネット調べる。これだけでも世界は変わる。「知っているという事は、それだけで武器になる」、私は本気でそう思っている。

 

最後になるが、差別的な意識を持って描き進めてきたことについて、少し謝罪を。もちろん田舎には、田舎な良さがあることは分かっている。都会に住むことだけが良いことではない。しかしこれは差別ではなく、「区別」だということを念頭においてほしい。

また、ここに書いたことは全て私の頭で考えたでの論理なのであって、現実とはいささか乖離していることもあるだろう。それに、言葉が足りず誤解されかねない表現も交えてある。因みにそれはわざとだ。ただこれを読んでいるあなたに、少しでも何か考えてほしい。そう思って敢えて強い言葉、汚い言葉を使ったのだ。敢えてね。伝わりやすくするために。上から目線で長々と続きましたくだらない論もここでおしまいです。

自分では伝えたいことをしっかり伝えられたか分からないので加筆修正、もしくは別記事での補足なんてのもあるかもしれない。

 

東京タラレバ娘 第1話 感想

感想

吉高由里子が可愛すぎィ!

酔っ払った吉高由里子って、取扱危険物ですよ!絶対!胸の谷間の開いた服、殺意高すぎるよ。あんなの観させられたら、来週以降も期待しちゃいますよ?日テレさん、お願いしますね。

 

大方予想通り話自体は単調で、「何年か前にもこんな感じのドラマを観たことあるなぁ」という既視感が湧き起こりましたね。(具体的にあげると、フジテレビでやってた「私が恋愛出来ない理由」とかね。確か主演は香里奈大島優子吉高由里子の3人だった気がする。ストーリーは3人がシェアハウスをしてるし、恋人が出来ると引っ越すみたいなだったはず。あれ?東京タラレバ娘と同じ匂いがするよ?)良くも悪くもF1層(20~34歳の女性)をターゲットにした「大人()の恋愛ドラマ」って路線なんでしょうか。この手のドラマはいつまでたっても需要があるんですなぁ。

 

雑な感想もここらで、僕には1つ心配事がある。

これらのツイートを観ていただきたい。

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やめて!アラサー女子たちのライフはもう0よ!(唐突な杏子)

 

集蛾灯に集まる虫のように、坂口健太郎のイケメンぶりに釣られたアラサー女子たちの悲痛な叫びがTwitterに溢れると思うと、夜も朝までしか寝られません。(意訳:いいぞ!もっとやれ!)

 

ちなみに、辞書や広辞苑で「女子」って言葉を調べると...

 

22歳までを女子としそれ以降は「女性」「女」と表記すべきとの中間派の意見が他の意見を押し切り、文部科学大臣に答申されたという。

「女子」は何歳まで? | ことば(放送用語) - 最近気になる放送用語 | NHK放送文化研究所

 

哀しきかな、世間はアラサー女子には世知辛く、22歳のピッチピチの若い女の子を指す言葉だとお偉いさんたちからトドメを刺されてしまいましたね。

(追い討ちのかけ方が、インゼクター羽蛾に対する闇遊戯の狂戦士の魂並みですね)

 

オチが思いつかなかったんで、ここら辺でさようなら。

たぶん来週も吉高由里子の可愛さをより伝えるために更新します。

 

ちょっと遊戯王ネタ多かった(KONAMI感)

 

バイプレイヤーズ 感想

感想

 観る前f:id:no_bu_n:20170122002022j:image

観た後f:id:no_bu_n:20170122002157j:image

  

 

 「遠藤憲一大杉漣寺島進田口トモロヲ松重豊光石研の中年脇役俳優6人集めてシェアハウス」

ドラマ24「バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~」:テレビ東京

 

遅ればせながら、バイプレイヤーズ観てきました。第2話はまた後で観ます。そんでもって感想ですが、発想は素晴らしいよ。内容もそこそこ面白かった。これから先、一気に化けるポテンシャルを秘めてるようにも感じた。でも、一言にまとめると「中途半端」なんですよ。いくつか感じたことを上げてきます。

 

まず、ストーリー面。

当然状況説明からスタートするわけなんですが、ちょっと無理がありすぎませんか?映画撮影の為に6人で集団生活!?

中高生かよ。(演者は中高年だけどさ)

なんてゆうか、そもそも本人役ならば6人全員が売れっ子俳優なんだから、生活リズム合うわけがないじゃないですか。なのに当たり前のように、朝ご飯を一緒に食べ、誕生日パーティまで企画する。

「ドラマの設定なんだから、細かいこと気にすんなよ」って思うじゃん。

でも、ドラマなんだからそこはしっかりしてほしい。「ユルい」と「手抜き」を、履き違えないで欲しいですね。

 

あともう1つ。

田口トモロヲのキャラクターが、エキセントリックすぎません?

 

お次に、演出面。

ドラマである以上、俳優たちは演じなければならない。それは当たり前の事です。そして、彼らが与えられたセリフをそれぞれが演じる役として話す事になんら不思議はありません。がしかし、そのセリフの端々に不自然さ、違和感がダダ漏れなんですわ。脚本家が変に自然体を意識して、無理に会話ってものを書き上げてる風に感じましたね。喧嘩しすぎだし、仲直り早すぎるしで、もう分かんねぇな、これ。

 

まぁたぶん、原因は「本人役」って所にありそうですね。本人役ってドラマに合わないでしょ。友情出演やほんの端役として映り込むとかなら、それでもいいのだろうけど、ドラマで、しかもコメディでってなると、本人の色をどこまで出していいのかその加減が難しいんだろうね。

 

あと、田口トモロヲって絶対あんな喋り方しないでしょ。だって、スイッチインタビューに出てた時すげー渋かったもん。

 

ここまで言っておいてなんだけれども、別にドラマとしては悪くないんです。ゆる〜いコメディと思わせといて、いきなりシリアスな展開に変わったりといい意味で裏切られました。ただ同じくらい悪い意味で裏切られもしましたね。(そこは僕がちょっと期待しすぎたのがいけないんでしょうけど)

 

最後に、良かったところも。

番組のエンディングに、出演者一同にかいして裏話をするっていうコーナーがあるんですよ。それは、最高。最&高でした。6人の同業者としての関係性、大人同士の交流みたいなものが垣間見えたのが良かった、観ててクスッとくるメイキングビデオのワンシーンみたいだった。正直、こっちが本編で良いんじゃね?と思ったのは、内緒。

 

 

 

 

 

銀と金 感想

リリー・フランキーが不気味すぎるんだよ!(もちろん良い意味で。)

 

個人的に、日本三大怪優の1人だと思ってる。あとのお二方は、でんでんと吉田鋼太郎ね。でんでんは冷たい熱帯魚吉田鋼太郎はMOZUのイメージに引っ張られてる感じ。次点で市村正親高嶋政伸候補に上がってるかな。

全体的に顔が濃ゆいわ。

 

それはさておい、ドラマ本編。

1話を観ての感触だけれども、ちょっと説明不足な感が否めない。

池松壮亮がどうして、リリー・フランキー演じる銀次に雇われることとなったのか。ぱっとみじゃ、分かんなくね?偶然なのか、必然なのか。おいおい説明されればよろしいんだけれども。

 

世間のおっさんって、どうして横柄なのか。これは万国共通の疑問だと思ってる。たとえ、微笑みの国タイでも愛想の悪い屋台のオヤジとかいるしね。たぶん。

 

銀と金にはそんなおっさん出てこなかったけどね。むしろ全員頭下げてて、社会に、お金に敗北した弱者の姿だった。

福本作品にあまり詳しくないのだけれど、カイジやアカギとはテイストの違った福本作品って印象ですね。「.闇金ウシジマくん」に通じる感じ。

 

今の所話の流れが不明瞭なのでこの先期待して毎週録画で観ていこうと思うドラマだったなぁ。テレ東深夜のドラマ枠っぽい低予算な雰囲気がすごく伝わってきた。主要登場人物少ないし、シーンの移り変わり少なかったし。

 

あと気になったのは、主人公の名前。

「鉄雄」ってのが引っかかる。

「金」を「失」うと書いて、「鉄」っ漢字なのがなー、凄く不安を煽ってるなぁー(棒読み)

 

閑話休題

金偏の名称繋がりでこんな話も。JR東日本の正式名称(?)の東日本旅客鉄道株式会社。実はこの「鉄」の字に注目して欲しくてですね。

駅のポスター等は「鉄」が「金」を「失」うではなく、「金」に「矢」なんですよ。商品登録上は、ちゃんと鉄の字なんだけどね

 

(正直、これが言いたいがために、この文章を書き起こした。)

 

原作読んでないんで、微妙に解釈や勘違いがあるやもしれませんが、お気になさらず。駄文なもんで。

 

 

本の表紙の話

前回の記事を覗いてみると、文体がまぁひどい。ですます調なのか、である調なのか。はたまた口語体なのか。

改めて、人に読ませる文章の書き方ってのを勉強しなければならないなと思う、今日この頃です。これからは、文章の内容に合わせて変えていこうかな。

 

余談はさておき、本題です。

本の表紙の話と銘打ったがそこまで深刻な話題ではありません。

僕は本屋という空間が好きで、よく行くのですが、最近ふと気付いた事があるんです。

 

ライトノベル風の表紙多くね?」

 

角川とか、メディアファクトリーさん。あなたたちですよ、あなたたち!

まぁ、この2社はラノベ部門もあるんで、微妙なラインではあるんですが。

ハヤカワSF文庫や早川書房の新刊が軒並みアニメ絵に変化していて愕然としました。(早川さんは堅実路線で進んでくれると思ってたのに。)

 

別に、僕はアニメ絵否定派ではなく、むしろ肯定派なんですよ。というか、いわゆるオタクですしね。アニメを観るし、漫画も読む。アキバにだって行きますよ。

 

でもね、それでもダメなものはダメなんです。住み分けはしっかりしてないといけないんです。

 

最近は、小説原作のアニメも増えて「響けユーフォニアム」のように大ヒットするものも出てきています。

 


元々人気のあるシリーズをアニメ化した訳なので、以前からの読者もいるがアニメ化されたことで更に新規の読者が増える。

出版社にも、作者にも嬉しいシステムになってますよね。

 

でもね、他のお客さんのことを考えて欲しいんだよ。メディアミックスの旨味をしめたのか、何もまだアニメ化さえされていない小説を巻き込むのは間違ってるんじゃない?

 

おそらく、ここ最近の読者離れの原因の一端はここにあるんじゃないだろうか?

少し検索をかけてみると、ホラー、SF、推理小説、青春モノなんかが特にその煽りを大きく受けているみたいだ。

割と多くの人が、この問題を深刻に捉えているのだ。

 

みんな、アニメ絵表紙の小説をレジに持っていくのが恥ずかしいのだ。かく言う僕もそのうちの1人だ。

まず第一に本の題名に惹かれ手に取ると、アニメ絵ってだけで評価がワンランク下がってしまう。立ち読みがしづらいからだ。

そして内容が気に入った場合、店員さんまで持っていくという第二の試練が待ち構えている。そこには、店員さんからの「ブックカバーはお付けしますか?」の声に、食い気味に反応してしまう弱い自分がいる。

無事購入したからといって、安心できたもんじゃない。ここからが勝負どころだ。

家に帰り本棚に並べる際、家族に見られないよう心掛けなければならない。我が家では、僕の家族は皆、アニメと言ったらジブリ、というような深夜アニメと縁遠い人ばかりなのだ。

そして、学校。家族に比べれば、サブカルチャーに寛容な人が多いが、僕は「何読んでるの?」の一言に肝を冷やしてしまうだろう。

あと、ドラマ化された小説に俳優の写真を起用することもやめて頂きたい。

 

僕の小説を読む際のささやかな楽しみの一つに、登場人物の容姿、声音を想像し、妄想し楽しむという醍醐味を味わうことができないからだ。ハリウッド映画の吹き替えがヘタクソだとそれだけで見る気が失せてしまう。顔に合わせた声、同じように文章にあった容姿、声音、抑揚が確かに存在しているのだ。

最近だと、ワイルドスピードメガマックスでエレナ・ネベス役を演じた武井咲の棒読み吹き替えが記憶に新しい。東宝に車で突っ込みたくなったね。

 

最後に表紙は、いわば「本の顔」だ。

本を選ぶ時、面食いな人も多かれ少なかれいるのだ。中身が大事というが、そもそも顔を見てもらえなければ、その大事な中身にすら見向きもされず興味が湧かないのだ。

 

出版社の皆様には、これ以上過剰にアニメ表紙を使用することなく、ジャンルと内容に合わせた装丁を心がけて欲しいものです。全国の読書家達の穏やかな読書生活を送るためにも。